第10話 休学①

息子のこと

3月の終わり、正式に進級できることが決まり、なんとか2年生になった。

長い春休みを終え(高専は2月から4月までが春休み)、心機一転のつもりだった。

帰寮のため、荷物を運び入れる恒例のプチ引っ越し。

寮は階段しかなく、車と部屋を何往復もする。

けっこうな重労働だ。

夫は「次、単位を落としたら学校辞めて働け」と厳しく言っていたが、

見送りの日は「今度こそ頑張れよ」と声をかけ、息子の好きな物を食べさせて送り出した。

私はというと、7年間勤務していた病院を辞め、4月から久しぶりの専業主婦に。

「留年するかも」というゴタゴタがあり、すぐ動けるようにしておきたかった。


🌧 2年生になっても

2年生になっても欠席は増えていった。

担任の先生は1年からの持ち上がりで、何度も面談を重ねてくださった。

「このままでは進級が難しいですね。」

そう言われるたびに気を引き締めたけれど、息子は変わらなかった。


☎ 朝の戦い

朝、起きない。それが日常になっていた。

毎朝、何十回も電話。LINEも送り続ける。

反応がない日がほとんどで、たまに出ても「今起きた」と言ってまた寝る。

担任や寮の先生も協力してくださったが、それでも起きなかった。

土日の夜更かしが原因かもしれないと思った。

毎週金曜の夕方、寮まで迎えに行って週末は家で過ごし、日曜の夕方にまた寮まで送り届けることを繰り返した。

それでも変わらず。

2年前期の中間試験では全教科赤点。

せっかく進級したのに、早くも留年の危機だった。

夫は言った。
「留年するなら寮を出て、お母さんと一緒に暮らせ。」

つまり、退寮し、私が息子の学校近くに引っ越して二人暮らしをするということ。

夫と離れて暮らすということだった。


🏡 両親の反対と、涙

両親に電話をした時、息子の現状と夫の条件を話した。すると父は猛反対した。

「お前がついていってどうするんや。一生面倒みるんか。」

無理もない。世間的に見ても過保護だと思う。

正直、私だって他人が同じことをしたら、「そこまでしなくても」と思ったかもしれない。

でも今、私の身に起こっている。

息子は動かない。

私だって行きたくない。

けれど、卒業するには行くしかない。反対されても、もうそうするしかない。

……涙が出た。

悔しいとか悲しいとかじゃなく、どうしようもなく涙が出た。


実家でのこと

少しして、久しぶりに一人で実家に泊まりに行った。

それでも“鬼電モーニングコール”は欠かさない。

1時間以上、電話をかけ続けるのが日課だった。

「今日も起きてないな……」そうつぶやく私を見て、父が静かに言った。

「……こんなに大変やったんか。これを毎日はしんどいな。」

母もうなずいていた。両親にとって息子はかわいい孫。

でも、よく私に言う。

「孫はかわいいけど、娘はもっとかわいい。」(私、もう40歳過ぎてますが。笑)

娘の私が困っている姿を見て、少しでも状況が好転するなら転居もやむなしと思ってくれたようだった。

反対されてまで行くのはつらかった。

だから、わかってもらえて本当にほっとした。

もちろん、自分の力で進級し、寮生活を続けてくれるのがベストだが。

無理だろうな、という諦めはあった。


まるる

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