高専入学から休学に至るまで― 出席日数が足りなくなった息子と、私たちが下した決断【まとめ】

息子のこと

高専に入学できたことは、夢のようで、舞い上がっていて、
ずっと浮き足立っていたのかもしれない。
まさか進級や出席日数のことでここまで悩む日が来るとは…

ギリギリ2年生に進級できた矢先、
夏休みを目前に出席日数が足りないと告げられ、
有無を言わさず原級留置(留年)決定。

この記事では、高専入学から休学を決めるまでの出来事を、
親の視点で振り返り、同じように悩む方に少しでも参考になればとまとめています。

入寮、高専入学

15歳で寮生活、そして高専入学。
自分の人生とは全く異なる道を進む息子を誇らしく思っていた。

自宅から遠方の高専に入学した息子は寮生活をすることになった。
部屋代は月々700円と激安というだけあり、二人部屋で、机とベッドがあるのみで超狭い。
同室の友達はすごく清潔感のある、好青年。
荷物を運び終えて期待いっぱいに新生活がはじまった。

入学式の後、担任の先生から保護者へひとこと。

「特に問題なく過ごされた場合、
僕と会うのは今日で最初で最後になる保護者の方も多いと思います」

まあ、そうだろうなーと完全に他人事と受け流していた私。

留年なんてよっぽどのことがないとしない、
(私は普通科の高校だったので、留年しているのは留学した子ぐらいだった)
息子には関係のない話だと思っていた。

高専1年生

今振り返ると、入学してすぐ、1年生早々からすべてが始まったのだろう。

私が密かに夢見ていた、息子ロボコン出場。
しかし、入部したものの一瞬で幽霊部員と化す。
中学生までほとんどやってこなかったオンラインゲームにハマってしまったのだ。

寮生活なので、だれも止める人はいない。
授業が終わればゲーム、食事と入浴を済ませてゲーム、
消灯後もゲームという生活だったらしい。

もちろん当時、そんなことは把握していなかった。
前期で赤点を2教科とったものの、授業にはでていたし、
なんとかなるか!と軽い気持ちでいた。

ところが、後期に入るとホームルームや授業の欠席連絡がメールで届くようになった。
朝の点呼には起きて、またベッドに戻って二度寝をしているとのこと。
先生方も部屋まで行ってくれるのに、起きられない。

私は毎日のゲーム三昧を知らなかったので(消灯時間には寝てると本人が言ってた💢)、
週末に生活のリズムを崩しているのだと考えた。

だから、週末は自宅で過ごさせようと、
金曜の夕方に寮まで迎えに行き、日曜の午後に寮へ帰す、
そんなことを毎週行っていた。

そんな努力も虚しく、後期の試験が終わったところで
進級が非常に危ぶまれることがわかった。

夫からは、
「留年は無いから。通信に転学するとか、就職とか考えて」
とどこまで本気かわからないけど、そんなことをずっと言われていたので
再試は絶対に落とせなかった。

危機的状況においても本気にならない息子を
叱咤激励ならぬ叱咤叱咤しながら、
私が再試受けるのか?というぐらい一緒に勉強して、
なんとか進級が決定、首の皮一枚つながった。

この時点では、成績に意識がいっていたので、
まさか出席日数が足りなくなるなんて思ってもみなかった。

休学

2年生になった息子は、今度こそ頑張るといったものの
やはり、朝起きられない日々が続いた。

しかも、1年生の時と大きく異なり、
ホームルームから午後の授業まで丸々1日休む日もでてきたのだ。
「頭痛いねん」とよく言っていた。

病院へ連れて行くも、病気らしいものは見つからなかった。

前期の中間試験では全教科赤点(しかも救いようの無い赤点)。
担任の先生からは、
「このままでは進級は難しいです、いろんな選択肢を考えてください」と言われてしまった。

夫からは「寮生活は無理、一緒に住むしかない(夫は仕事のため、私と息子が)」
と提案された。
と、同時に、「後ろ向きな話ではなく、通信とか他の学校も検討したら?」とも言われた。

ギリギリまで高専にしがみつきたいという気持ちはあったけど、
息子と3校、通信制高校を見学した。

結果的に私が想像していたよりずっと良かった。
駅近、きれいな校舎、自由度の高い環境。
息子も気に入ったようだった。

しかし、実習のように手を動かす作業ができる環境はなかった。
それが決め手となり、やっぱり高専で頑張ろうと決めた矢先…

「専門科目の出席日数が足りません」
という担任の先生からの連絡。

それは、再試以前の問題で、
自動的に原級留置(留年)が決定したということだ。

担任の先生からは次の3つの選択肢を提示された。
①このまま2年生として3月まで過ごし、4月からもう一度2年生をする
②一旦休学して、春から2年生をやり直す
③転学する

今後について何度も家族で話し合った。
③の転学は選択肢から外したばかりだ。
①で単位が取得できた場合は、来年度該当教科を免除してもらえるようだが、
望みは薄いし、なにより、根本的な解決には至らないだろう。

もう②しかなかった。
一旦自宅へ連れ帰って生活をまずは立て直すことから始めよう。

休学してわかったこと、そしてこれから

帰ってきてわかったこと。
活気がない、顔色が悪い、夜中のトイレが間に合わない、便秘。

時間はあったので様々な病院へ行った。
身体的な問題を潰して、結果、「適応障害」でしょうと。

2年生の始めにしょっちゅう言っていた「頭が痛い」。
ゲームしすぎやろ、夜更かしするしやん、って頭ごなしに怒ってしまってたけど
それだけじゃなかったんだと思う。

やらないといけないのに、できない。
やりたくないのではない。

息子はずっと葛藤していたのだ。
でもできなかった。

だから身体がずっとSOSを出していた。

もっときちんと向き合ってあげていたら状況は変わったのか?

自宅に戻った息子は
生活リズムを整え、アルバイトをしたり、勉強も少しして
徐々に調子を取り戻していった。

ただ、寮生活はやっぱり難しいだろう。

私は、息子と二人暮らしをすると腹を括った。

この選択が良かったのかは、まだわからない。
今は親として、まず高専卒業を目標に全力でサポートしていきたい。

あのとき休学を選んだことが、
息子が立て直すための時間になったのは確かだと思っている。

もし同じように悩んでいる方がいれば、
この記録が何かの判断材料になれば嬉しいです。

まるる

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